〜近況報告:2006年3月〜

3月8日

 年明けから今月下旬の"春分の日"まで、見事に土日以外の休日がない。

 もっとも、「祝日を増やせ」などとは言いたくない。祝日を移動して無理やり三連休を作る流れにも反対である。
 暦の赤・黒とまったく関係のない仕事をしている人、さらには休日ほどかえって忙しい人に思いを寄せたい。後者の例として、ピザ屋で配達員のバイトをしていたある生徒を挙げる。
 「明日は学校なし!」という空気が流れる金曜の教室で、彼は「学校がある日の方が楽だ」とため息をつき、そして月曜にはゲッソリとした顔で登校する。たしかに私が住む二百戸ほどの集合住宅を見ても、土日に共用玄関を通ると一日中ピザの配達員を見かける。我が家は二人とも貧乏性ゆえ、出前というものは何だか畏れ多くて縁遠い。だが一般的には、土日には相当な需要がある様だ。
 「配達の仕事そのものは楽しくて仕方がない」と目を輝かせて言い、四年間続けてバイトのチーフにまでなった彼をして、そうなのである。もちろん彼は、休日の学校行事にはいっさい参加できない。


 いわゆるカレンダーにおける休日は、週に一日あればいいんじゃないか。
 そして、暦に沿って仕事をする事業所では、残り一日分と祝日相当分との休みをバラバラに割り当てる。
 そうすれば、各日における休む人・働く人の割合は今より平均化する。遊びに出たり家族で団欒したりする側も、そのためにサービスを供給する側も、混雑が分散されてかなり楽になるはずである。通勤事情も自然に改善されよう。
 休みの絶対数は、決して少なくない。週二回の休み、祝日、それに年休とをあわせればすでに結構な数だ。
 もちろん、それらを全ての人が実際に使える様にしなければならない、という課題はあるが。



 ………などと言っておいて何だが、この時期に限っては余分なカレンダー上の休日が欲しくてたまらない。

 前にも書いたが教員という商売は、いわゆる「学校がある日」に自分だけ丸一日空けることができない。
 もちろん学校とて、上に述べた方向に変えられる(というより、まず学校がそうならないと世の中変わらない)と私は思っているが、年度末近くというのは、どうにも策がない時期の一つだ。
 何人かの人間が留年するかしないか、退学するかしないかといった大事をかけて、呼び出しや説得、補習、会議………といったことが間断なく続き、ときに突然事態が動く。
 そして今回のそれは、特に心臓によろしくない展開だった。

 そこへ持ってきて、気がつくと土日の私用も盛りだくさんになっていた。

 2/11 「出雲」のおっかけで鳥取県・島根県へ(2月の「近況報告」参照)
 2/12 同上。翌月曜の仕事開始まで移動しまくり
 2/18 終日、横浜で所用。夜になってから翌日の同人誌即売会出店のため京都へ
 2/19 京都で上記出店の後、夕方に東京へ向かい、深夜まで「一人芝居分科会」例会・練習
 2/25 午前から友人と打ち合わせ。夕方、家族の集まりのため実家へ移動、深夜まで
 2/26 「一人芝居分科会」リハーサル
 3/04 昼から前任校の卒業式。現任校の卒業式を挟んで、翌朝まで前任校の生徒たちと話す
 3/05 「一人芝居分科会」公演
 3/11 昼前から友人と長い打ち合わせ。夜から「出雲」のおっかけで遠出(予定)
 3/12 「出雲」のおっかけで遠出。帰宅は深夜(予定)

「普段の起床時刻(朝十時頃)より遅くまで寝てていい」
「家でまとまった時間、一人きりで好きなことを書いたり読書したりできる」
 その二つさえ満たされれば、私にとってはその日は(たとえその後に仕事が入ってても)休日だ。しかも土日と続くなら、うち一日だけそうできればいい。
 しかし逆に、それがなければ休日だとは思えない。そしてこの間の土日はすべて、早起き(ないしは徹夜)&終日の外出とで占められている。
 つまり私の認識としては、約一ヶ月にわたって休日にありついていない……

「うおーhjsthsthがtjっhっjry! ああ、キレそうだっ!!」(こいつ本当に教師なのか?)

 …もちろん私用というからには、自分で作っている用事だ。しかし、いざそれを迎えて「前後のこと考えるとつらいなあ」と思う時、そんなことはもはや関係ない。こう書くと実に自分勝手だが、諸兄にも覚えがあろう。
 さらに平日・土日を問わず、早出に備えて「今寝たら起きられない」と徹夜する展開が多かった。その徹夜のおかげで書いたり調べたりが出来ているとはいえ、翌日の辛いことといったら………。

 で、今がまさにその徹夜中。それを利用してこれを書いている。数時間後に始まる一日を考えると、今から頭が痛い。
 そんなわけで、結論めいたことを書く気力もない。疲れ果てた私のダメっぷりを、各自で勝手に想像されたい。




3月18日 (城崎・餘部への切符や宿の情報はこちら

 ダイヤ改正=『出雲』廃止を六日後に控えた先週。
 先々月、先月と、あれだけ乗ったり撮ったりしたにもかかわらず、上述の予定通り「餘部鉄橋を渡る『出雲』」を見るべくゼロ泊二日の強行軍。物好き 自分の立てた計画に忠実な私。

 クルマを持つ京都の友人をせっついて、夜十一時に京都市内を出発。朝の三時前、兵庫県最奥部の彼の地へ到着。
 闇の中で、強めの雨が降ったり止んだりしている。この二年半で六度目になる餘部鉄橋だが、こんなに寒く、こんなに真っ暗なのは初めてだ………だがしかし、鉄橋下の駐車場はすでに様々なナンバーブレートをつけた車で半分以上が埋まっていた。恐るべし鉄道マニア。
 やがて誰からともなく駐車場を離れ、撮影スポットを目指して細い坂道を登る。そして、標的の通過時刻を小一時間後に控えた朝六時半前、上り一番列車が着くと、"お立ち台"は十畳間ほどの斜面に五十余名がひしめく「イナバの物置のCM」状態(右写真参照、写真の後方にも十数人いる)。漏れ伝わる会話によれば、暖房はおろか扉もない餘部駅の待合室で夜を明かした強者もいるという。
「いや大変だった!今日が鳥大の入試らしくて、宿がなかなかなくってねぇ…」
 隣は、整ったロマンスグレーの髪にスマートな長身という銀行員氏。昨夜遅く、予約も何もなしに鳥取入りし、上りの一番列車でやって来たとのこと。こんな、いい年で幸せそうな家庭もあるだろう大人まで狂わせてしまうとは………罪な『出雲』、罪な餘部鉄橋。
 以降は、写真とあわせて。

 春雨に煙る…という眺めだが、現地はまだ死ぬほど寒かった。
 右上写真の様な群衆が見守る中、ふたたび見ることのない列車が無事通過。
 そういえばこの鉄橋も、遠からず掛け替え工事が始まってしまう。
 城崎で入浴後、朝昼兼用食は名物駅弁「かに釜飯」。920円にして食べで満点。
 丹後の加悦へ寄り道。廃止された私鉄の終点を利用した「SL広場」。普通の人も楽しめる内容。
 おもちゃみたいな保存ガソリン動車が突如エンジンを鳴らし、試運転。
 丹後・丹波の国境付近に突如現れた「阪急ハウス」。その筋では有名だとか。


 そして六日後の今日。これまた予定通りに、今朝を以て一本の夜行列車が消えた。
 足かけ三年分に及ぶその列車の画像データを前に、私は泣くでもなく感慨にひたるでもなく、真っ白な気持ちでボーッとするしかなかった。
 確かに愛着のある列車だったけれども、いざ消えてみると、この二月あまり、何が私をここまで執着させたのか全く分からない。
 とにかく、どっと疲れた。


【4月へつづく】



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